テストも終わり夏休みも目前。
は修也との間に出来てしまった溝の事が気になっていた。
やはり夏休みには家に帰るべきなのかと。
そんな想いをよそに今日はついに球技大会だった。






甘き追憶 06







(考えてみれば家に居た頃からちゃんと修也と話す機会がなくなったんだよな…
一方的に話しかけては来られてたけどちゃんとした会話には発展しなかったし…)

ふぅっと思わず溜息が出てしまった。

「どうした?優」
「あ、裕史郎…いやちょっと疲れただけ…」
「テスト空けに球技大会だもんな」

亨と実琴はお手洗いに行っており秋良は委員会の仕事で今は裕史郎と二人だけが体育館内にいる。
今回の衣装は名田庄いわくナーステイストメイド服らしい。

「それにしてもまさかナース服着る事になるとはな…」

裕史郎がシミジミと言った。
も自分の服装を見て思った。
何故、学校でこんな格好をしているのだろうと。
しかしこの学校に姫制度がある時点でも諦めなければならないのだと自分自身に言い聞かせた。

「なぁ…裕史郎…」
「何?」
「家族って何だろうな…」
「え?」

ぼんやりと裕史郎に尋ねた。
ずっと気にかかるこの気持ち。
何故か修也との間に出来た溝が気にかかってしまう。
裕史郎は複雑そうな表情を浮かべていた。

「…ごめん、何でもない。気にしないで」
「…優…」

どうやら裕次郎自身も何か引っかかる事があるようだ。
何か心の奥に抱え込んでいる何かが。

「ただいま」
「亨、実琴。お帰り」

お手洗いから戻ってきた亨と実琴。
もちろん二人もナース服。
競技中に関わらずはぁ〜っとうっとりとした声が聞こえてくる。

「…何か騒がしいな…」

が異変に気付いた。

「騒がしいってうっとりした声とかじゃないの?」
「いや…違う…何かもっと殺伐とした…」

そう言われ三人は耳を澄ませた。
確かに少しざわざわとしている。

「あ、いた!河野!」

すると秋良が慌てた様子で走ってきた。

「秋良?」
「さ、坂本!どうしたんだよ?そんなに慌てて」

秋良の様子を見るからにただ事じゃない様だ。
乱れた息を整えながら秋良は口を開いた。

「ハァハァ…あのね…河野に会いに…女の子が来てるんだけど…校内は関係者以外立ち入り禁止だから…
校門の前で足止めしてもらってるんだけど…だったら一年の河野を連れて来いって…!」
「…女の子…?まさか…!」

亨は秋良の話を聞いた瞬間、慌てて走り出した。

「亨!」
「河野!?」
「とりあえず追いかけよう!」

達は亨が心配になり校門へと向かった。
校門に近づいた時、亨の声が響き渡った。

「さやか!どうして来たんだ!!」

珍しく亨が怒りを露わにしている。
何となく嫌な雰囲気が漂っていた。
校門に辿り着くとそこには一人の少女が亨と居た。
恐らく亨がさやかと呼んだ少女だろう。
するとさやかは恐る恐る口を開いた。

「亨ちゃん…その格好…何?」

その言葉に亨はハッとした。
今、自分の服装は姫の衣装だと言う事を。

「これはね。学校行事の一環で仮装してるんだよ。今、真っ最中だから。
その証拠にホラ、俺達も同じ格好してるでしょ?」

素早く裕史郎が間に入りフォローした。
さやかは少し疑いの眼差しを向けつつもとりあえずわかってくれたようだ。

「そんなことはいいんだ!何でお前がここに居るんだ!学校はどうしたんだよ!」
「し、試験休みだもの!だから…」
「だからって俺の所に来るのは止められてるはずだ。違うか?」
「…それは…」

亨は険しい表情で厳しい口調でさやかに尋ねた。
さやかは俯いて奥歯を噛み締めた。

「河野!」

修也に事情を説明しに行っていた秋良が校門の方へと駆けて来る。

「会長に言ってクラブハウスの鍵借りてきたからそこで落ち着いて話し合ったらどうかな?」

緊迫した空気だったが秋良が来た事で少しだけ柔らかくなった。

「坂本…悪い…気遣わせて…」
「気にしないで。俺が勝手にした事だし」
「じゃあ、好意に甘えさせてもらうか…あっ!俺、仕事中だ…」

亨はハッと気付いた。
考えてみれば今は球技大会の途中でまだ姫の仕事は残っていた。
亨はどうしようか悩んでいると秋良が口を開いた。

「じゃあ、河野は話し合いで抜けるとして優と四方谷と実琴君だけで仕事を続けてもらうね。

姿が見えないって騒ぎになってたし少し急いだ方がいいかも。
それと先輩方は見回りを続けて下さい。あとここであった事は他言無用って事でお願いしますね」
テキパキとした秋良は指示をした。
見事なまでに一寸の無駄もなく効率のいい采配だ。

「秋良…今の修也にバレないように気をつけた方がいいぞ…」
「うっ…そんなに思う壺な行動…だった?」
「完璧に。あぁ…会長の含み笑いが見えるようだよ…」

自分の兄ながら恐ろしいと思ってしまった。

(まただ…また修也の事…っ…今はそんな事考えてる場合じゃないって…にしても…この子…なんだか…)

さやかの事が少し気にかかった。
少し考え込んでいたら裕史郎が口を開いた。

「あ、でも一つ変更。俺は亨についてるよ。仲裁人としてね」
「うーん…俺が付き添おうかって考えたけど…うん、裕史郎の方がいいね」
「悪い…俺も一緒に行っていいか?」
「優…そんなに気を遣わなくていいんだぜ?」
「いや…俺の我侭だから…ダメだったらいいんだ。裕史郎がいるし…」
「…駄目じゃないけど…悪いな…」
「ううん…ありがと」

不思議とさやかの事が気になりも亨着いて行く事にした。
すると秋良が苦笑しながら実琴を見た。

「ただ問題は実琴君一人になっちゃうって事だけど…」
「あっ!そうだ!俺…一人でこの格好で練り歩けって…言うのか…!?」

フルフルとスカートの裾を掴んで実琴は言った。

「嫌だぁーッ!!!!お前らって言う防波堤のない状態で一人歩きなんかしたら一体どんな目に遭う事かぁっ!!!」

ものすごい形相で実琴は叫んだ。
防波堤ってと思いつつは溜息をついてしまった。
しかし自分の我侭で実琴に迷惑がかかるならやはり仕事に戻った方がいいかと考えた。
すると先に亨が口を開いた。

「坂本…悪いけど実琴と一緒にいてやってくれないか?」
「あぁ…いいけど?」
「ホラ、実琴。これで身の安全は保証されたぞ」
「坂本様だけでどうして身の安全の保証になるんだよ!」

実琴は思わず叫んだ。
普通はそう思うだろう。
だが、は思った。

(いや…秋良が居れば絶対に安心だと思う…)

「何言ってる。これを見せて歩けば手出しどころか道だって勝手に開けてくれると言う印籠だぞ?坂本は!」
「そ、そんな効果が…」

多少大げさに聞こえるかもしれないが当たっていると思ってしまった。

(ちょっと秋良に失礼かな…?)

「ねぇ!いつまでそっちで騒いでるの!?早く亨君と話させてよ!」

待ちきれずさやかが叫んだ。
裕史郎の顔が一瞬、冷たいくなった。

「じゃあ、俺達は行くからこっちの事は任せて」

場の空気が悪くなる前に秋良が実琴と一緒に体育館へと向かった。
残された四人もここに居ても仕方がないと思いクラブハウスへと向かう事にした。
クラブハウスの中に着いたと同時に亨はウィッグを外した。
重々しい空気の中、裕史郎が口を開いた。

「とりあえず聞きたいんだけど…彼女は亨とどう言う関係なの?」
「この娘はさやかっていって…俺の妹なんだ…」

亨のその一言にさやかは大きな声で否定した。

「違う!妹じゃないわ!私は亨君の事をお兄ちゃんだなんて思ってない!
従兄妹だから血は繋がってるけど本当の兄弟じゃないもの!!!」
「でも俺達は兄弟として暮らしてきただろ?」

亨の言葉に耳を貸そうともせずプイッと顔を背けた。

「…………」

は妙にさやかの言葉が胸に刺さる様な気がした。

「だいたい何でここに来たんだ。おじさんやおばさんには俺と会うのを禁止されてるはずだぞ。口止めだってしてあったはずなのに…」

その一言にさやかはバッと顔を上げ亨を見た。
そして感情的に言葉を投げつけた。

「亨君が悪いんじゃないの!私が病院に居る間に勝手にいなくなって…!夏休みも寮に残るって!」
「…どうして…それを…」
「数日前に夏休みどうするか電話かけてきたでしょ!?対応がコソコソしてるって思って子機で聞いてたのよ!
そしたら案の定だったわっ!この機会を逃せばいつ亨君に会えるか…ううん…もう二度と会わせてもらえないかもしれない!
そう思ったらいてもたってもいられなくなって!だから…このテスト休みを利用して会いに来たのよ!
ねぇっ!亨君!ウチヘ帰ろうよ!学校も元の学校に戻ってよ!亨君がそばにいないなんて私嫌だ!」

感情的なさやかに対し亨は冷静に対応した。
瞳を閉じて落ち着いた口調でさやかに伝えた。

「俺はお前の事を妹だとしか思ってない。さやかも俺を兄だと思ってくれるか?そうじゃなきゃ俺は戻れない…」

その一言にさやかは限界まで達した。

「嫌よ!お兄ちゃんだったら恋人にもなれないし結婚だって出来ないじゃない!
そんなの嫌よ!私、本当の兄弟じゃないって知った時死ぬ程嬉しかったわ!」

さやかのその一言に裕史郎が眉をしかめた。
自分の感情をなるべく抑え込みつつもさやかを睨んだ。

「っ…!」

しかしはさやかの言葉を聞いた瞬間に身体が震え始めた。
胸が痛む。

(っ…そうだ…私は過去に修也に同じような言葉を…)

脳裏に過ぎる修也の顔。
そして自分が言い放った残酷な言葉が。

『もう放っておいて!』
…俺は兄として心配してるんだよ?』
『兄として兄としてってもううんざり!じゃあ、何よ!あたしがアンタの妹じゃなかったら放っておくの?そんなのアイツと変わらないじゃない!
何かの繋がりがないと認めないなんて…こんなんだったらアンタなんかと兄妹じゃなかったらよかったのに!!』

幼き頃に修也に言い放った言葉。
その時の修也の顔は今でもハッキリと覚えている。
決して怒るのではなくいつも様に笑ってた。
だけどどことなく悲しそうだった。
いつも自信に満ちた笑みを浮かべているあの修也が悲しそうな笑顔を。
その頃にはあの修也の悲しそうな笑顔の理由がわからなかった。
ぼんやりとした意識の中、さやかの無神経な言葉が耳に入った。

「いやよ!私、亨君が戻るって言わないと許さないから!」
「っ!」

その言葉に裕史郎が完全にキレた。
しかし裕史郎が行動に出る前にが口を開いた。

「ふざけんな!!本当の兄妹じゃなくて嬉しかった?軽々しくそんな事言うな…!
お前に何がわかる!本当の兄妹でどれだけ苦しんだか!お前に…っ!」

自分でも抑え切れない。
無性に苛立ち腹が立つ。

「優…?」

珍しく感情的になったを見て亨と裕史郎は驚いた顔をしていた。
そしてはハッと我に返った。
慌てて口元を覆ったが既に遅い。

「っ…何言ってんだろ…ごめん…裕史郎…ちょっと任せた…」

そう言ってはクラブハウスを出て行った。
ひたすら走り続けた。
どこに向かって走ってるのかなんて自分でもわかっていない。
ただ今は走り続けることしか出来ない。
何も考えず何も見ず何も聞かず走り続ける。
すると前方から歩いてきていた人とぶつかりハッとする。

「すみませ…!」
?」

目の前には今、一番会いたくなかった人物が。

「…修也…」
『アンタとなんか兄妹じゃなかったらよかったのに!!!』

自分の言い放った言葉がよぎる。
身体が震えてくる。
様子がおかしいと思った修也はの肩を痛くない程度に掴んだ。

?どうしたの?」
「っ…放して!」

ドンッと拒絶するかのように修也を押した。

「あ…」
…そっか…ごめんね。」

(まただ…またあの時と同じ顔してる…)

修也はほほ笑んでいる。
悲しい目をしてを見ている。
は耐えられなくなり何も言わずに走り出してしまった。
修也も決して追うこともなくただの後姿を見つめることしか出来なかった。

「…あの時と…同じ…また拒絶されるとは…距離はあったとは言え最近は少しずつ近づいてたと思ってたんだけどね…」

すれ違う想い。
それが修也との間に出来ている溝なのかもしれない。