「どうして二人がこんな所に…八重…君はやっぱり来てしまったんだね…紗重を追いかけて…」
「あの…八重じゃないんですけど…と言うより…貴方は?」
「どうして八重がと一緒にいるんだい…?は確か…」
「だから八重じゃないんですが…」
「は…もうこの村から居なくなったのに…」
「あーそこの君ー八重じゃないって言ってるじゃん」
頭痛に悩まされていたが口を開く。
紅キ雫ニ滲ム蝶 02
ずっと白髪の少年は澪の事を八重だと思っているようだ。
八重とは紗重の口から聞いたことのある名前だった。
「八重じゃない…?どう言うこと…?彼女はどう見ても八重じゃないか?」
「だから違うんですけど…私は天倉澪。貴方は…?」
「僕は立花樹月。だけど君は…どう見ても八重じゃ…」
まだ信じられないと言う様な表情をしている樹月。
そんな中、がゆっくりと口を開く。
「‘時は進んでる…この村は…もう樹月の知っている村じゃない…あの日…八重と紗重が逃げた日…
森の中…紗重だけ見つかり…不完全な形で行われた儀式により…この村は闇に沈んだ…そして地図から…消えた…この村は…’」
は虚ろな瞳で話した。しかし喋り方がまったく違う。
「…?」
澪が心配そうに座り込み顔を覗き込む。
「どうしたの…?」
「…………」
澪が声をかけてもは黙り込み様子がおかしい。
そして樹月が静かに口を開く。
「…それは本当なのかい…?」
「‘本当だ…だから…俺はに全てを託す…この村を助ける為に…アイツを…’」
「君は…それでいいのかい?あんなことをしなくても…きっと何か他に方法があるはずだ!」
「‘いいんだ…樹月…は…記憶を失っている。だが…思い出してもらわないと困ることになった。樹月…何があってもを守れ…’」
「…わかった…」
「っ!」
頭を押さえながらはその場に座り込む。
「?!」
澪が慌てて座り込み顔を覗き込む。
「っ…!だ、大丈夫…頭痛かっただけ…でも…意識が途中で途切れたような…」
「…大体の事情はわかった。君は僕の事もこの村の事も覚えていないんだね」
「…うん…まったく知らない…小さい頃の記憶がなくて…」
「そう…楓の言った通りか…」
「楓…?楓の事を知ってるの?!って…あたしの事知ってるから楓も知ってるか…」
「さっきもここに来たんだよ。楓が」
「嘘?!どこに行ったか知ってる!?」
は楓が樹月と会ったと聞き慌ててどこに行ったのか尋ねた。
「確か…黒澤家に…」
「黒澤家…?」
「うん。この村で一番大きいんじゃないのかな?あの屋敷が。ほら大きな門の立っている屋敷だよ」
「…もしかしてそこって私達がお姉ちゃんを追って辿りついた所じゃ…」
「あ!そうかも…だけどあそこ鍵が開いてなかった…」
「えっと澪だったよね」
「え、えぇ」
突然、樹月に名前を呼ばれて少し澪は戸惑う。
「どうやら…何かあったみたいだし僕でよければ話してくれるかな?何か力になれるかもしれない」
「うん。私も双子の姉が居るんです。この村で途中までは一緒だったんですが…逢坂家って所で気を失ってたらいつの間にか居なくなっちゃってて…」
「それで澪が捜してる途中であたしと会ったの。で、紅い蝶を見つけたから追ってみたの。そしたら大きな門のある…たぶん黒澤家。
そこの近くに来てね。それで澪のお姉さん見つけたんだけど門を開けて入っていったんだよね。でもあたし達が入ろうとしたら鍵は開いてないし…」
「鍵がかかっているなら双子地蔵の鍵を探すといい。この村にはいくつか双子地蔵があって二つ鍵が隠されてる。だから二つ揃えたらきっと門が開くはずだよ」
「鍵を二つ…」
「ありがとう。樹月君」
「ううん。僕にはこれくらいのことしか出来ないから…」
「ね、樹月も一緒に鍵探してくれない?」
「え…?」
「三人で探した方が心強いし…何より樹月と話してると何だか落ち着くんだ。それに…あたしのことも楓のことも知ってるみたいだし…」
笑顔で話すを見て切ない表情をする樹月。
「ごめん…僕はここからは出ることが出来ない…」
「どうして!?鍵がかかってるから?それならさっき壊した!でもまだ開かないけど何とかしてでも開けるから!」
「ごめん…ここから出ることは許されていないから…」
「樹月!」
樹月がから視線を逸らしたと同時に鉄格子に手を伸ばし樹月の肩に触れそうになる。
「…!」
再び頭痛がを襲い脳裏に白黒の映像が流れる。
『今度は紗重と八重も誘ってみんなで行こうね!』
『そうだね。楽しみだね』
『おい、。よそ見してるとこけんぞ。顔面から』
『睦月ほどドジじゃありませんから〜』
『アハハ。だけど気をつけてね。』
『だーいじょうぶ!!』
楽しそうな三人が話している。
一人は樹月。もう一人は着物を着た。そしてもう一人は樹月そっくりの少年。
更に頭の痛みが強くなり場面が変わる。
『樹月…髪が…真っ白になったの…?睦月は…蝶になれた…?』
『僕のせいで…睦月は死んだ…僕が…睦月を蝶にしてあげられなかった…』
『樹月…どうして樹月が謝るの…?悪いのは樹月じゃない…悪いのは全部て儀式から逃れようとしているあたし…
あたしと楓が…儀式を行えば…あの場所を塞げるのに…』
『駄目だ!そんなことは絶対に…君と楓…そして紗重に八重はこの村から逃げるんだ!』
『だったら樹月も!』
『千歳を残して村からは出られない…それに…そんなことをしたら…睦月に…悪いから…』
『…樹月…どうして…儀式が…!あたし達が選ばれたら…!みんな哀しい思いをしなくていいのに…!』
『…だけど…僕は達には儀式をして欲しくない…だから…睦月の為にも…この村から逃げるんだ』
『樹月!』
『お願い…これが…僕に出来る最後の事だから…』
『樹月…』
―そうすればきっと睦月も…許してくれるかな…?―
痛みが治まり脳裏に流れた映像が終わった時にはの頬に一滴の涙が流れていた。
「?」
「…?」
「思い出した…」
はそっと樹月の頬に触れる。
「ずっと…一人で…ここに閉じ込められてたんだね…ごめん…守ってあげられなくて…一人で哀しい思いさせて…ごめんね…樹月…」
「…!」
が霊である樹月に触れた瞬間、彼は何かの呪縛から解放される。
「…………」
は頬に流れた涙を拭う。
樹月は自分の手の平を見て驚く。
「樹月君…?」
「…解放…された…?」
「解放?」
「ここからずっと出れないのに…今なら…出れる。それに体が…普通の人間と変わらない…自縛霊だったけど今は普通の人間になった…」
「どうして?」
「きっと…に助けられたんだね…ありがとう…」
鉄格子越しから見る樹月の笑顔を見ても笑顔になる。
「よかった…」
「僕もここから出ようと思うんだけど…問題は鍵がかかってるんだね…」
「あ、その鍵なら…」
「がぶち壊したから今なら開けられるかもしれないわ」
「澪…」
「だって本当の事じゃない」
ニッコリとほほ笑む澪に敵わない。
(…この子…黒いです…助けて…)
「じゃ、私とで開くか確認してくるね」
「ちょっと待っててね。樹月」
「うん」
と澪は小さな扉を通る。
樹月は再び自分の手の平を見つめる。
「…睦月…時は進んでいたんだね…僕はずっと取り残されたままだった…今度こそ…と楓を止めないと…二人には…僕達と同じ思いをさせちゃ駄目だ…」
樹月はゆっくりと瞳を閉じる。
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