『睦月ーまた体調崩したんだって?』
『ゲホゲホ…だったら来るなよな。ゴホ…お前にうつったりしたら楓とか樹月もうるせーし。
って言うかお前…今日、みんなで出かけるって言ってなかったか?』
『言ってたけど…あたしだけ行くの止めたの。みんな出かけてるのに睦月だけ一人寝てるなんて可哀想だし』
…』
『だから今日はあたしが看病してあげるね。あ、おかゆ作ってあげようか?』
『まだ死にたくねぇから遠慮しておく』
『…どういう意味?』

懐かしい。
温かな懐かしい記憶が流れ込んでくる。
睦月との思い出。






紅キ雫ニ滲ム蝶 17







「…本当に睦月なの…?」
「そうだっつーの。いくら久しぶりに会ったからって何回も聞くなよな」
「っ………睦月!」

突然の睦月との再会に感極まったは勢いよく睦月に抱きつこうと身を乗り出した。

「あ、バカッ!」

睦月の制止の声が響くが勢いをつけすぎたは急に止まる事も出来ずにそのまま睦月に抱きついた。
が。
バンッ!!
痛々しいく尚且つ清々しいくらいいい音が響き渡った。
確かに睦月に抱きついたはずなのだがスルッと睦月の身体をすり抜けはそのまま床に顔面を強打してしまった。
強打した鼻を擦りながら起き上がるとはぁーっと大きな溜息をついてこちらを見ている睦月が居た。

「ちょっ!何で!?何ですり抜けるの!?」
「幽霊なんだから普通に考えてすり抜けるに決まってんじゃねーか!!!」
「なっ!だってアンタあたしの事抱えて運んできたじゃない!もろ触ってたじゃない!このセクハラ!!!」
「何かおかしくね!?助けたのに侮辱されてる気がするのは何でだ!?」
「うるせぇ!!テメーが幽霊やってんのが悪いんじゃ!!!」
「むしろ百年以上経ってるのに人間やってるお前の方がおかしいだろうが!!!」

段々と本題からズレていっている無駄ないい争いを続けると睦月。
ギャーギャー言い争っていた二人だが徐々に落ち着きを取り戻した。
そして本題へとようやく入った。

「…で、結局なんで少しの間だけでも幽霊の睦月が生身のあたしに触れたの?」
「そのだな…ある奴に少しの間だけ生身にされたんだよ。んでお前助けに行ったら効果切れちまったってわけだよ」

簡単に最低限の事だけを説明された。
当然、気になるのは睦月を少しの間だけ生身にした人物である。

「…ある奴?」
「ある奴はある奴。えっと…変な格好してるな…お前…なんだ?その複雑そうな服」

ちょっと強引な睦月の話の逸らし方だが鈍いは特に気にせずに自分の服を見た。

「…変?」
「うん、変。似合わないわけじゃねーけど…その…」

思わず目のやり場に困ってしまうのが本音だ。
着物と違い体のラインがよくわかり、七分丈のズボンを履いている為普段見えていなかった足などが見え正直ドキドキしてしまっている。

「っ…と、とにかく…行こうぜ…こんなとこ居たらいつ紗重来るかわかんねぇし…」

これ以上、ボロが出てはマズいと思い睦月は立ち上がりに背を向けた。

「…睦月…知ってるの?アンタ達の儀式が失敗した後の事」
「……あぁ…それも聞いたから。大体の事情は知ってる…だから…俺も行く。
俺はお前達が大変だったあの頃にいなかった。何も出来なかった…だからこそ…今度は俺も戦う。いいだろ?」

振り返った睦月の瞳には強い意志が込められていた。
何一つ迷いも曇りもない瞳に吸い込まれそうだった。
どうして睦月が大体の事情を知っているのかわからないがそれでもこうして自分に協力してくれると言っているのだ。
の目的は楓と繭を探し、紗重を助けだす事。
そしてもう一つ為すべき事は睦月を助ける事だった。
だから無下に断る理由などなくもその強い瞳に答える事を決意する。
スッと小刀を鞘から出した。

「…これから先、一緒に戦って行こう睦月」

も迷いの無い強い意志の篭った瞳でジッと睦月を見た。


が構えを取ったと同時に睦月は静かに瞳を閉じた。
それが合意の合図だった。
そしては睦月を小刀で斬った。
見えない鎖で雁字搦めにされていた睦月を解放する為に。
鎖を断ち切った。
それと同時に体中を何かが駆け巡る様な感覚に襲われ、その場に座り込むがその感覚がどんどんと力へと変わっていった。
体も透けていた霊体から生前の頃の様にしっかりと触れられる。

!お前…すげーな…体が…!」

自分の体に起こった起こった事に驚いているとバッとが抱きついてきた。
今度はしっかりと触れ合える。
すり抜ける事もなく温もりを感じられる。
力強くギュッと着物を掴むはとても弱くて儚げで愛おしかった。
睦月はそんなを包み込む様に静かに抱き締めた。

「ごめん…寂しい思いさせた」
「本当だよ…一人で先に…逝っちゃって…馬鹿…」
「逝っちゃってってお前な…」

あまりにもストレートなの言葉に思わず苦笑してしまう。

「……でも…よかった…睦月っ…」
「…うん…ありがとな…」

頭を優しく撫でた。
その仕草にはフッと樹月を思い出した。

(…やっぱり…双子なんだな…)

そしてゆっくりと瞳を閉じた。
しばらくしてからと睦月はとりあえずはぐれてしまった澪を探しに行く事にした。

「えっと天倉澪って言って…パッと見が結構、八重に似てて…性格も所々似てるんだけど…かなり凶暴だから。あと八重って言ったら確実に殴られるから!」

そんな説明をされてこれから探しに行く澪に変なイメージを抱いてしまいつつある睦月。
だけどこの屋敷内も怨霊は居る。
戦う術を持っていない澪を長時間一人にするには危険すぎる。
そして今、この屋敷を八重を探し求めている紗重がいる。
早く澪を見つけ出さなければ。

「じゃ、行くぞ」

スッと差し出された睦月の手に少し戸惑う。

「何やってんだよ」
「何って…その…手、繋ぐの?」

そう言うと睦月はキョトンとした表情をした。

「繋がねぇといざって時すぐに逃げられないだろ?」
「大丈夫、だもん…」

どんどんと語尾が小さくなっていき思わず便りの無い返事になってしまった。
事実さっきは睦月が来なければ確実に生きてなかった。

「何だよその頼りない返事は。…手、繋ぐの嫌なのか?」
「い、嫌とかじゃなくて…その…」

チラッと睦月の顔を見るとすぐに視線を外してしまった。

(あー昔はこんな風に手繋ごうとか言わなかったのに…樹月とはよく手繋いだ事はあるけど
睦月とはほとんどないから逆に今更手繋ぐとか考えたら変に意識しちゃって…
は、恥ずかしいって言うかむず痒いって言うか変わっちゃったって言うか…そのー…わからん!!)

「…?」

一人で悶々と悩み続けているを不思議そうに覗き込む睦月に一瞬、ビクッと体を強張らせた。
しかし覗き込んで来た彼の表情は昔と変わらず樹月よりも少しあどけない表情。
その表情の記憶はハッキリと蘇った。
あどけない表情。
ずっと覚えている。

(あ…何だ。何も…変わってなんてないんだ)

変わった事なんて何もなかった。
彼は百年以上の年月が経った今でもずっと待っていてくれた。
平和だった頃に何も出来なかった事を悔やみながら今はこうして共に戦ってくれる事を誓っている。
そして不器用ながら手を差し出す彼。
ずっと救い出したかった彼のまま。

「…………」

スッと差し出された手に手を重ねる。
そしてキュッと握りしめた。
伝わってくる熱に懐かしさと安心を感じた。

「……」

睦月が戸惑いの表情を浮かべている。
先ほどまであんなにも手を繋ぐ事に躊躇していたにも関わらず自ら手を握ってくるとは思わなかったからだ。

「何ボサッとしてんの?いざって時は引っ張ってくれるんでしょ?」

目を細め少し意地の悪い笑みを浮かべた。
すると睦月はカッとなりギュッと手を握り返し、少し力強くの手を引っ張って歩き出した。

「わかってるよ。もう…病弱だった時の俺と違うってこと見せてやる!」

少し拗ねたのか睦月はズカズカと歩いていく。


は早歩きになりながら若干引っ張られていく形で着いて行った。
そして睦月の顔を覗き込むと耳まで赤くしているのがわかって思わず噴出してしまいそうになった。

「っ…何ニヤニヤしてんだよ!」
「べっつに〜ただ…変わってないね、睦月」
「何がだよ?!」
「そのまんまの意味!」

ずっと引っ張られていた状態のが今度は逆に睦月を引っ張っていく形で駆け出して行った。

「おわっ!」
「ほら、さっさと澪を見つけに行くよ!」

何も変わってなんてない。
たとえ村が闇に包み込まれたとしても、その闇の中で光り続ける希望だってあるんだ。