「…よし…澪、この仕掛けを解いたら立花家に繋がる地下道に行けるから」
「うん。でもその前に…」
「そう、薊と茜を止める」






紅キ雫ニ滲ム蝶 16







人形の間に戻ってきた二人は人形を完成させ、パズルを解いた。
するとカチッと言う音がし、立花家へ繋がる地下道への道が開かれた。
それと同時に目の前の人形に邪気が満ちた。

『どうして殺すの?』
『コロサナイデ』

目の前に人形は動き出し、と澪に襲い掛かってくる。

「澪!薊の人形はあたしが止めるから澪は茜を!」
「わかってる!」

目と目で合図し頷いたと同時に二人はそれぞれ相手をするべき者と対峙した。

『コロサナイデ…』
「あーもう…その声…イライラするっつーの!」

なるべく澪の所に行かせないように薊の人形を押さえ込むだが、少女の人形とは言えかなりの力で少しずつ押されている。

「っ…澪の所には行かせない…!」
グッと奥歯を噛み締めながら薊の人形を押さえ込みながら横目で茜の霊と対峙する澪を見る。
パシャッと言うシャッター音が響き渡り茜の霊は相当弱っている様だ。

「流石…澪…」

しかし射影機を構えている澪の背中はがら空き。
だからこそが射影機の通用しない薊の人形を押さえ込むしかない。
『アカネ…コロサナイデ…』
『薊!ダメ、!!薊を殺さないで!』
「茜!いい加減に目を覚ましなさいよ!人形だって気付いて!」

薊の人形が茜に助けを求める。
その声を聞いた茜はの方へと向かってこうとする。

!!」
『邪魔しないで!』
「キャァァッ!!」
「澪!!!!」

澪の悲鳴との叫び声が響き渡った。
澪はその場に倒れ込み射影機から手を離してしまった。
そのまま茜はに襲い掛かってくる。

「ぐっ…!」

生気をどんどん奪われていく感覚。

抵抗しようと小刀を振ろうとしたが薊の人形に両腕を押さえ込まれ抵抗できない。。

『もう…誰にも殺させない…』
「あっ…うぁ…っ!」
!!」

茜に与えられたダメージを受け倒れ込んでいた澪は必死に射影機に手を伸ばすがあと少しの所で届かない。
動こうとしても先程のダメージは予想以上に大きかった為、体が痺れ思うように動かない。

(ヤバい…このままじゃ…!)

何とかしなければと思うが抵抗する事も出来ずに意識が朦朧とし始めた。

『薊はもう誰にも殺させない!!!』

を苦しめていた茜の力がより強くなった。

「くあぁっ!!!」
『茜!!!!』

その時だった。
少女の叫び声が響き渡った。
それは茜の声でもなく、薊の人形の声でもない。

『…薊…?』

紛れもなく本物の薊の霊の声だった。
を苦しめていた茜がから離れていった。

「ガハッ…!」

ようやく解放されたはその場に倒れこんだ。
ハァハァと荒い息を続けるが意識はハッキリとしていた。
薊の人形は茜の傍に駆け寄っていった。


『…薊が…二人…?』

突然の出来事に茜は驚きが隠せないようだ。
いったい何がどうなっているのかわからない。

『茜…私が本当の薊だよ?ねぇ、ずっと呼んでたじゃない…!』
『薊…なの…?でもここに薊は…』
『…コロサナイデ…アカネ…』

目の前で起きている出来事に茜は戸惑い、混乱して後ずさっていく。
澪はの元へ駆け寄り澪に支えられながら起き上がった。

「…どういう事…」
「わかんない…けどずっと茜の傍に居たんじゃない…?それに人形のパーツを置いていったのも…」
「薊の霊…じゃ、ずっとこの屋敷に…」

と澪は構えたまま目の前での出来事から視線を逸らさなかった。
茜はどうすればいいのかわからないまま薊の霊と薊の人形を見比べていた。

『茜…!』
『アカネ…』

切羽詰った薊の霊の声。
やはりかすかに温かみのある声だ。
それに比べ人形の声はまったく温かみの感じれない冷たい声。

『そんな…薊が二人…どうしたら…』
「茜…本当の…」

は茜に本当の薊を見分けろと伝えようと口を開いた。
しかしそれは茜の発言により叶わなかった。

『薊が二人だなんて…私…両手に花!いや両手に薊!!!幸せすぎて…私…どうしたらいいんだろう!』
「………え?」
「…………」

開いた口が塞がらない。
まさにそんな状況だ。
うっとりとした表情で薊の霊と薊人形を見比べてははぁ〜っと恍惚の表情で溜息を吐く。
はポカーンとした表情で澪はものすごく冷めた目でその光景を見ていた。
薊の霊もじとーと冷めた目で実の姉の茜を見ていた。

『薊が二人…本当…どっちからいただけばいいの!?』
「…ねぇ、…このノリ…私の身近な人を彷彿してすごく苛立つんだけど…殺っていい…?」
「ちょっ…待て待て待て!!澪!!確かにノリはあの人と似てるけど…似てるけど落ち着いて!!!」

あの人とはもちろん繭のことである。
今にも殴りにかかろうと言わんばかりの勢いの澪の腰に抱きついて必死に止める
そんな中、茜の暴走は止まらない。

『あぁ…私…幸せ…薊がずっと傍に居てくれてたから寂しくなかったけど…もう一人の薊が来てくれて…
うふふふ…どうしよう…一人ずつってのもいいけどそれじゃもう一人の薊がヤキモチ妬いちゃう…
ねぇ、ちゃんどうすればいい!?やっぱりこの際二人同時の方がいいかな!?』
「そんな事あたしに相談するなー!!!!つーか、片方は人形だから!!!!」

は心から叫んだ。
暴走する茜に薊の霊は一歩一歩近づいていった。

『茜…』
『何…?薊…』

(薊が片方は人形だって言ったら茜もきっと信じるはず…!おまけに暴走は止まるし…その隙に人形を破壊する!薊頑張って…!)

本物の薊ならきっと茜を怒らしたりせずに止める事が出来るだろう。
その隙に人形を破壊すれば善達との約束も交わせ、今度こそ薊と茜はずっと傍に居る事が出来る。
完璧だと小さくガッツポーズをした。
ニッコリと笑って薊は茜に言った。

『茜…ウザい』
「なっ!!!!!」

思わず叫んでしまったのは茜ではなくだった。
薊にあんな事を言われては本物の薊がニセ者だと思われてしまい、人形を破壊しようとすれば先程のように攻撃してくるだろう。
これでは益々状況が不利になってしまうだけだ。

(あーもう…薊…!確かに昔から茜に対してちょっと冷たいところあったけど…!今この状況で言うか!?)

殆ど蘇ってきた記憶の中でも茜は薊に対し猛烈的な愛を送っていた。
そんな茜に対し薊は冷たくあしらったり、無視したり。
薊は茜に対しものすごく冷たかったことが多々あったのをハッキリと覚えている。

「どうしよう…澪…このままじゃ…」
「大丈夫。絶対に大丈夫だから」
「な、何で?!」
「見てたらわかる」

ニコッと笑う澪を見て思わず気迫負けしてしまいそうだった。
何故かわからないがものすごい説得力だった。
澪の言葉を信じは再び薊と茜に視線を向けた。
俯いていた茜がふるふると震えていた。

(あちゃー…泣いてる…?そりゃ、ショックだよね…薊にウザいって…言われたら…しかもいい笑顔で…)

気の毒にと思いながら澪の言葉を信じ見守っていたその時だった。

『薊…!本物の薊だね!そのすっごく可愛い可愛い笑顔で
私にちょっと意地悪な事を言うとこなんてもう昔と変わってないもん!』
『本当、うっとおしいから近づかないで…』

熱烈に茜は薊に抱きついて頬擦りする。
薊は迷惑そうな表情で茜の顔を離そうとする。

「ね、言ったでしょ。絶対に大丈夫って」
「う、うん…」
「こういうのは経験してる方から見ればわかるのよ。どんなに嫌がってもうっとおしがっても
辛辣な言葉を言っても…それも愛なのね!とか言って喜ばすだけだし…!」
「……経験談か…」

ものすごく嫌がっている澪とそれに対し喜びを感じていた繭を目の当たりしていたはハハッと渇いた笑いしか出てこなかった。
そして大きな溜息を吐いたと同時にの前に薊が来た。

…あの人形を…殺して…』

ずっと願い続けた薊の願い。
それは善達との約束でもある。

「うん…茜も…それでもいいよね」
『…うん…薊はここにいるから。だからあれは薊じゃないんだよね。それに…薊がそう望むなら…』
「…わかった」

静かに目を閉じ、は刀を構えた。
そして一歩一歩、ゆっくりと薊の人形へと近づいていく。
人形は壊れたレコードの様にコロサナイデ、コロサナイデと繰り返している。
いつまでも薊のふりをし続ける人形に怒りが込み上げてきた。
この人形のせいで茜は操られ、善達は操られた茜に殺された。
そして今、茜の前に薊が居るにも関わらず薊のふりをする。
ギリッと奥歯を噛み締め、刀を床に投げつけ人形の頭を鷲掴みにした。

「…いい加減に…しやがれっ!!!!」

全身の力を込め、人形を壁に叩きつけた。
すると人形の首はバキッと音と共に折れ、身体のみが床に落ちた。
人形が床に落ちると同時に人形から感じていた禍々しいオーラは消えていった。
薊と茜、そして善達の願い通り人形を‘殺した’のだ。

「…これで約束が…果たせた」

へなへなとその場に座り込むの元に慌てて澪が駆けつけた。

「もう、無茶ばっかりするんだから!」
「ごめん、澪。大丈夫だから」

えへへと笑顔を見せると澪も笑顔を見せてくれた。
差し出された澪の手を取りながら立ち上がると薊が服をクイクイと掴んで来た。

…ありがと…』

少しはにかんだ笑顔を見せる薊。
やっと願いが叶った。
そう言って薊ははにかんだ笑顔を見せ、もそんな薊の頭を撫でようとしたその瞬間…

『キャーっ!薊可愛い!!!!!』

ガバッと言う音と共に薊に抱きついてきた茜。
は行き場の失くした手を宙に浮かせたまま薊と茜に視線を向けた。

『茜…ウザい…殴るよ…?殴っていい?つーか殴らせろ…!』
『ヤダー!薊照れてるー!さっきのはにかんだ笑顔私にも見せてよー』
『いや!もう!達が立花家に行くから見送るんだから離れて!』

強引に茜を引き剥がし薊は改めてと澪の前に駆け寄った。
後ろから茜もついて来てピッタリと薊の隣をキープしている。

…この先にはきっと…もっと辛い事があると思う…だけど…』
なら大丈夫だよ。私も薊も応援してるから』

「うん。二人ともありがと」

そしてと澪は地下道へと続く梯子を使って立花家へと向かっていた。
薄暗い地下道。
懐中電灯の光だけが頼りだ。
いよいよ立花家。
澪は繭を、は睦月を探さなければならないと互いの胸の内に決意をしていた。

「さっきの二人何だかんだ言って仲良いんだね」
「うん。薊もあんな態度取ってるけど幽霊になってまであたし達に人形を壊して欲しいって言うんだから」
「でも…薊の気持ちは少しわかる。べたべたされるとうっとおしいからね」
「アハハ」

それでも澪は繭を助けようとこんなにも頑張ってる。
素直じゃないなと心の中で思ったが決して口にすることは出来ない。
後々が怖いから。
地下道では二人の声がよく響いた。
静かで薄暗い。
そして立花家へと続く梯子を見つけた瞬間、全身がブルッと震えた。
それはだけではなく、澪も感じていたようだ。
顔を見合わせて二人はゴクッと喉を鳴らす。
意を決し二人は同時に振り返った。

「…!」

二人は目を見開いて驚いた。
薄暗い地下道でもハッキリと確認できる血のべっとりとついた白い着物に身を包む少女。

「…紗重…」

薄気味悪い笑みを浮かべながら紗重はゆっくりとと澪に近づいてくる。
澪はすぐさま射影機を構えるが紗重の姿を見失う。
紗重を見失い澪は思わず射影機を下ろすとすぐ近くにまで紗重が来ていた。

「っ!」
「澪!早く上に上がって!!!」

はドンッと澪を押し梯子を上るように催促する。
それと同時に射影機と懐中電灯を落としてしまった。

「あ!」
「澪!戻ってきちゃダメ!梯子使って上に上がって!!!」

澪は慌てて取りに戻ろうとしたががそれを止めた。
澪が梯子に登るのを確認したはすぐに射影機と懐中電灯を取りに振り返った。
それと同時に紗重が目の前まで近づいてきていた。
頭の中で警告されている。
逃げろ、と。
カンカンカンと音と共に逃げろと警告されている。
だけど体が自由に動かない。

「っ…」

逃げろ
逃げろ
逃げろ
逃げねば死ぬ
死にたくなければ逃げろ
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ
ガンガンと逃げろ逃げろと響く。
一歩一歩後ずさるが思うように動かない。
まるで自分の体が自分のものではなくなったかのようだ。
スッと紗重の手がに触れかかりそうになった。

「ひっ…!」

ギュッと目を瞑り叫び声をあげようとした瞬間、口を塞がれ誰かに抱きかかえられそのまま上へと連れて行かれた。
何がどうなっているのかわからないまま座り込まされるとは恐る恐る目を開いた。

「…え?」

目の前に居る人物は目を見開いた。
ドクンと脈打つ。
白い着物に真っ黒な髪。
ある人物と瓜二つな顔。
目の前にいる人物は間違いない。

「…睦月!!」

その名を叫ぶと目の前の人物はニッと笑いかけた。