『僕はいつでもの傍に居るから…』
なんだろう…この気持ち…
温かくて…懐かしい…
ずっと…このままでいたい…
だけど…もう…
もう…遅いんだ…
紅キ雫ニ滲ム蝶 11
「あっ…あぁぁぁ…!」
樹月が自分を庇って傷を負って意識を失った事を中々、受け入れられない。
体がガクガクと震え始める。
全身が燃えるかの様に熱く両腕を握り締める事しか出来なかった。
「あーーーーーーっ!!!」
どんどんと自分の体が自分では制御できなくなっていく様な気がしてどんどんと違う何かに体が奪われていっている様にも感じた。
(ダメ…!体が勝手に動こうとしてる…!何だか目の前が真っ暗になって来た…!ただ…わかるのは…!)
理性が利かなくなってきていることだけ。
ギュッと震える体を抑えるかのように両腕を握り締める。
しかし自分の体がまるで自分のではないかのように感じた。
その瞬間に何も考えられなくなった。
「…………」
無言のまま立ち上がり鞘から小刀を抜いた。
「お前は…ここで魂ごと破壊する…」
まるでの様ではないような声で冷たい瞳、冷酷な雰囲気な表情。
小刀の刃の部分に紅い雫がポタポタと流れる。
そして切り刻まれた男だけをジッと見た。
「フフ…」
小さく笑うとは雫が紅い流れている小刀で切り刻まれた男に斬りかかった。
「フフフ…ハハハ…アハハ!」
目を見開いてまるで紗重の様に狂った笑いを浮かべて切り刻まれた男を小刀で斬りつけた。
「逃さない…」
低く背筋がゾッとする様な声で囁いた。
バッと小刀を振り上げると脳裏に白黒の映像が流れる。
「っ!!」
それと同時に激しい痛みに襲われ頭を抑えながらその場に座り込んでしまう。
しかしとても温かく懐かしい気持ちになっていた。
『あぁ〜また料理失敗したよ…もう少し女の子らしくなれるように頑張ろうかな〜』
『そんな事言って…』
ぼんやりとした意識の中、脳裏でよぎる映像は着物姿のとまだ黒髪の樹月。
(…あたしと…樹月…?)
多少、失いかけていた自分の意識が少しずつ保て始めていた。
(樹月も黒髪で…あたしが着物ってことは…まだあたしが皆神村に居た時の…)
『だって楓の方が料理上手ってどうよ!?姉としていや女としてそれはちょっとどうかなって…
と言うか…この前も睦月にもう少し女らしくなれよって言われたし…はぁ…』
『大丈夫…僕はたとえ料理が破滅的に下手でも少しも女の子らしい事が出来ないでも僕にとってはとても素敵な女の子だよ』
温かく懐かしい思い出。
少しずつ自分の意識を保ち始めているがまだ別の人格が邪魔をする。
「あ…あぁぁ…!」
頭をずっと抑えながらの体では二つの人格が闘っている。
『それに僕は今のままのがすごくいいと思うよ。だからずっと変わらないでいて欲しい』
「っ!!!」
脳裏によぎった樹月のその言葉での中のもう一つの意識が薄れていった。
それと同時に奥の間に光が包み込んだ。
すぐにその光は消えてしまったがその場に倒れこんだがすぐに立ち上がった。
「っ…!樹月…」
完全に意識を取り戻したが立っていた。
そして握り締めていた小刀の刃に流れていた紅い雫はもう流れていなかった。
何があったのか記憶はちゃんと残っていた。
そしては倒れこんでいる樹月の方へと向いた。
「樹月!」
しかしまだ樹月は瞳を閉じたままだった。
「樹月…どうしよう…このままじゃ…」
が出来る事は霊である者の闇を小刀で斬る事で助ける事しかできず生身の人間に戻った樹月を助ける術を知らなかった。
『さん…よければこれを』
「え?」
後ろから誰かが声を掛けてきた。
しかしこの部屋には喋られるのは樹月と以外いない。
だが樹月は気を失っていて喋るどころかおきる事すら出来ない状態だ。
が喋る以前にの名を呼ばれたのだからではない。
それ以前に樹月よりも低めの成人男性のような声だった。
は振り返るとそこに立っていたのは
「真澄さん…?」
そう、に声を掛けたのは霊ではあるが完全に闇が払われた生前の姿の真澄が立っていた。
美也子と同様、彼も樹月の様に人の姿に戻ったわけではなく霊ではあるが生前の姿に戻れたのだった。
『君のおかげで意識を取り戻せた。先ほどはすまない事をしてしまった。だからせめてもの償いとしてこれを彼に』
真澄が差し出したのは透明な液体が入っているビンを差し出した。
「これ…」
そう、差し出されたビンはが黒澤家の橋で怨霊に襲われた時に樹月がくれた水。
『これは御神水。彼に飲ませたらきっと助かる。本当に申し訳ないとしか言えない…美也子にも…』
「真澄さん…」
その言葉では感じた。
彼は後悔しているのだと。
たとえ怨霊になってしまったから自分の意思ではなかったとは言え大切な女性を自分の手で殺めてしまったのだから。
そして自分を捜しに来た樹月をも傷付けてしまったのだから。
『美也子もきっと恨んでいるだろう…』
「そんな事ない!そんな事…ない…」
は真澄の言葉を強く否定した。
「美也子さんは貴方を恨んだりなんてしてない!だって…殺されても美也子さんは
ずっと真澄さんの事を想い続けていたから…だからあたしと樹月はここに来て…
それに樹月を傷付けてしまったけどこうやって御神水を渡してくれた。誰も…貴方の事を恨んだりなんてしない」
その言葉に真澄は心から温かい気持ちにになりとても優しい笑みを浮かべた。
『ありがとう…優しいな…君は』
「そんな事ないです…ほら樹月はあたしが何とかしますから美也子さんの所に行ってあげて下さい」
のその言葉を聞いて真澄は軽くお辞儀して奥の間を後にした。
真澄をは笑顔で見送った。
そして真澄から受け取った御神水をギュッと握り締めて樹月の方を見た。
「樹月…」
は樹月の頭部を膝の上にのせ御神水を飲ませた。
静かに御神水が喉を通る音が聞え後は目を覚ますだけだった。
「樹月…?」
しかし御神水を飲んだはずの樹月が目を覚まさない。
「そんな…樹月!」
は目を覚まさない樹月の名を呼ぶしか出来なかった。
すると樹月の頬にの涙がつたう。
「樹月…さっきもたくさん…思い出したよ…樹月との思い出…自分が自分じゃなくなってきた時も樹月の言葉があったから
自分に戻れた…だって樹月はいつも言ってくれた…今のままのあたしでいて欲しいって…変わらないで欲しいって…」
ボロボロとの瞳から涙が流れていく。
「その言葉があったから…あたし…今もこうして居れるんだ…」
震える声、震える手で樹月に触れる。
そして続けた。
「謝りたかったのはあたしの方で…余所余所しい態度とっちゃったのも…本当…子供みたいな理由で…」
ギュッと目を瞑ってまだ瞳からは涙が流れる。
その涙は樹月の頬につたう。
「ただ…あたし…澪と仲良く話してた樹月見てて何だか…樹月が…遠くへ行っちゃう様な気がして…
折角、会えた幼馴染の樹月がどこか行ってしまうのが怖くて…いざ、話しかけられたら怖くなって…」
自分の想いを樹月に思い切って伝えた。
もう手遅れだとしてもどうしても謝りたかったから。
ギュッと目を瞑りボロボロと涙を流しながらただ謝り続けた。
「だから…ごめんなさい…ごめんなさ…!」
誰かの手がの頬をつたった涙にそっと触れた。
「大丈夫…」
「…!」
聞えてきた声は温かく優しい。
そしてとても懐かしい声。
「樹月…?」
そう、樹月の声だった。
震えた声で樹月の名を呼ぶと樹月は優しくほほ笑んだ。
「大丈夫…僕はもう二度との傍から離れないから…もうどこにも行かない…
一緒にこの村から逃げ出そう…澪も繭も…そして楓と一緒に…そしてずっとずっと…守るから…
を寂しい想いになんてさせない…もう二度と…だから…泣かないで?…」
起き上がりの涙にそっと触れた。
そして優しく頭を撫で包み込むようにを抱きしめた。
「そして…これからもずっと…はのままで…居て欲しい…」
「…うん…っ…!」
抱きしめられて温もりを感じホッとした。
冷たかった樹月の体が温かくなっていてる事を感じたから。
しばらくしても泣き止んで樹月も体調が万全になったので澪の元へ戻る事になった。
「、手…繋ごう?」
「うん!」
スッと差し出された手をはためらう事なく取った。
(それにしても…が寂しいなんて言うなんて思わなかったな…あくまで幼馴染としてだけど…)
『樹月がどこか行ってしまうのが怖くて』
(っ…!)
の言葉を思い出して樹月は顔が真っ赤になり空いている手で口元を隠した。
(幼馴染としてでも…僕が離れていくのが怖いと感じてくれただけでも…十分すぎる…)
「どうしたの?樹月?」
「え?ううん、なんでもないよ」
に話しかけられて樹月はいつもの様にほほ笑んだ。
(大丈夫…もう離れないから。それが睦月と交わせた最後の約束だから…)
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